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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)214号 判決

東京都港区赤坂三丁目3番5号

原告

富士ゼロックス株式会社

代表者代表取締役

宮原明

訴訟代理人弁理士

早川明

古部次郎

小田富士雄

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

高橋武彦

花岡明子

関口博

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和62年審判第21359号事件について、平成6年8月1日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年9月6日、名称を「電子写真用転写紙」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願をしたが、昭和62年10月14日に拒絶査定を受けたので、同年12月10日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を昭和62年審判第21359号事件として審理したうえ、平成6年8月1日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月24日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

感光体に付着したトナーを前記感光体と接するブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置に用いられる転写紙であって、沈降法で測定した場合の15μ通過率が97重量%以上である粒度分布を有する炭酸カルシウムから成る填料を、前記炭酸カルシウムが15重量%を越えない範囲で配合し、かつ表面電気抵抗(JIS K-6911による)が109~1010Ω(湿度(R.H.)65%、温度20℃)であることを特徴とする電子写真用転写紙

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、「米国材料試験協会(ASTM)のD3458-75」(1975年12月発行、以下「引用例1」という。)、「加工紙および紙加工用薬品」(1977年10月31日海外技術資料研究所発行、以下「引用例2」という。)、「紙パルプ技術タイムス」(昭和57年9月発行、以下「引用例3」という。)、「紙パルプ技術タイムス」第24巻第5号(昭和56年5月1日発行、以下「引用例4」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由のうち、各引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例1記載の発明との一致点及び各相違点の認定は認めるが、各相違点の判断は争う。

審決は、各相違点についての判断を誤り(取消事由1、2)、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点(イ)についての判断の誤り)

(1)  審決は、相違点(イ)のうち「本願発明では、転写紙を感光体に付着したトナーを前記感光体と接するブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置に用いられる転写紙と規定し・・・ているのに対し、引用例1のものにはそのような規定がない点」(審決書6頁17行~7頁2行)について、「感光体に付着したトナーを前記感光体と接するブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置は、本出願前周知のものであり(必要であれば「電子写真学会誌」第20巻第3号 昭和57年6月25日発行参照)、また引用例1の紙は電子写真方式の画像形成装置に使用されるものであるから、引用例1の炭酸カルシウムを填料とする紙を該周知のブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置に使用する程度のことは随時なし得る。」(同7頁18行~8頁7行)と判断したが、誤りである。

本願発明は、審決の認定するとおり、「感光体に付着した紙粉中に存在する填料の炭酸カルシウムが、クリーニングブレードによって感光体表面に圧接かつ摩擦されることにより、感光体の摩耗が発生するのを防止するために、粒径の大きな炭酸カルシウムの紙への配合量を少なくした点にその特徴を有する(本願公報第3欄第11行~第20行参照)」(同7頁10~16行)ものである。

これに対し、引用例1(甲第5号証)は、炭酸カルシウムを填料として配合した電子写真転写用紙は記載されているが、その使用される装置のクリーニング方式を特定するものではなく、また、上記「電子写真学会誌」第20巻第3号(以下「周知例1」という。甲第6号証)は、単にブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置が周知であることを開示するのみで、装置で使用される紙についての課題は何も開示していない。

すなわち、引用例1及び周知例1のいずれにも、本願発明の上記課題は開示されていないから、引用例1記載の転写紙をブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置に使用する動機はなく、したがって、これを当業者が随時なしうるものということはできない。

(2)  審決は、相違点(イ)のうち、本願発明では、転写紙の「表面電気抵抗を109~1010Ωと規定しているのに対し、引用例1のものにはそのような規定がない点」(審決書6頁20行~7頁2行)について、「電子写真転写用紙において、その表面電気抵抗を109~1010Ω(原文の「Ω・cm」は「Ω」の誤記である。)程度に設定することも周知・・・であるから、引用例1の炭酸カルシウムを填料として配合した紙の表面電気抵抗を本願発明のように規定することも、当業者が随時なし得るものと認められる。」(同8頁7~20行)と判断したが、誤りである。

審決が上記事項を周知とする根拠として挙げる昭和52年5月26日、27日に開催された第6回電子写真学会講習会のために配布された「PPCの基礎技術」と題する報告資料73頁(以下「周知例2」という。甲第7号証)、「電子写真とその応用」50頁(株式会社トリケップス昭和54年9月5日発行、以下「周知例3」という。甲第8号証)、特開昭56-59242号公報(以下「周知例4」という。甲第9号証)、特開昭55-142799号公報(以下「周知例5」という。甲第10号証)、特開昭57-204058号公報(以下「周知例6」という。甲第11号証)には、ブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置の電子写真用転写紙が炭酸カルシウムを填料とする場合における課題及び構成についての記載はなく、したがって、本願発明におけるように、電子写真用転写紙の画質を改善するべく、その表面電気抵抗を109~1010Ω程度にすることは、上記周知例に基づいて、当業者が容易になしうることではない。

2  取消事由2(相違点(ロ)についての判断の誤り)

(1)  審決は、相違点(ロ)のうち、本願発明では、「炭酸カルシウムの配合量を15重量%を越えない範囲と規定しているのに対し、引用例1のものにはそのような規定がない点」(審決書7頁5~8行)について、「引用例1の紙は炭酸カルシウムを最少充填量で2重量%とすること、すなわち15重量%以下で配合することができるものであり、引用例3、引用例4によれば記録用紙に於ける炭酸カルシウムの配合量を15重量%以下とすることができるとされているのであるから、引用例1の炭酸カルシウムを填料として配合した記録用紙である転写紙において、その炭酸カルシウムの粒度分布および配合量を本願発明のように規定することは、当業者が容易に想到し得るものと認められる。」(同9頁18行~10頁8行)と判断しているが、誤りである。

引用例1には、ブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置に使用する転写用紙において、填料の炭酸カルシウムの粒度分布、添加量を規定すべき点についての記載はなく、引用例3(甲第12号証)及び引用例4(同第13号証)には、「複写紙」あるいは「複写用紙」との記載はみられるものの、「電子写真用複写用紙」との記載はなく、さらにブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置に使用される電子写真用転写紙についての記載もないのであるから、引用例3及び4には、単に「複写紙」が記載されているにすぎず、さらに、引用例3の粒度分布等についての記載(甲第12号証1~38頁)には「複写紙」という記載はなく、単に填料が炭酸カルシウムである印刷用紙についての記載があるだけであり、また、引用例4には、填料が5~25%程度であることが記載されていても、15重量%以下で配合しなければならないことは記載されていない。

すなわち、引用例1、3、4には、本願発明の技術課題である、感光体の摩耗という問題意識も、またその解決手段も示唆されておらず、単に電子写真用転写紙について、あるいは複写用紙について、記載されているにすぎず、粒度分布および配合量を本願発明のように規定する動機が記載されていない。

したがって、引用例1、3、4に基づいて、適宜、本願発明の構成に対応する構成を選択することが当業者にとって容易であるということはできない。

(2)  審決は、本願発明の効果について、特開昭59-69765号公報(以下「周知例7」という。甲第14号証)、特開昭59-79273号公報(以下「周知例8」という。甲第15号証)、特開昭55-133054号公報(以下「周知例9」という。甲第16号証)を挙げ、「本願発明の、感光体の摩耗を低減するという効果は、クリーニングブレードと感光体との間に入った異物により感光体が劣化することが知られている・・・ことを考慮すれば、粒径の大きな炭酸カルシウムの紙への配合量を少なくしたことから当然に予測される程度のことと認められ、他に顕著な効果があるものとも認められない。」(審決書10頁9行~11頁2行)と認定判断したが、誤りである。

上記周知例には、そもそもブレードクリーニング方式の画像形成装置における感光体の摩耗が、填料の炭酸カルシウムによるものであることを直接的かつ一義的に特定しうるだけの根拠となる記載はなく、審決の判断には論理的な飛躍がある。

すなわち、本願発明は、炭酸カルシウムを填料とした電子写真用転写紙を、ブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置に使用する際に、炭酸カルシウムがクリーニングブレード等によって感光体表面に圧接かつ摩擦されることにより感光体の摩耗が発生するという技術課題を認識し、次にこの課題を解決すべく「粒径の大きな炭酸カルシウムの紙への配合量を少なくしたこと」が検討され、そして、「沈降法で測定した場合の15μ通過率が97重量%以上である粒度分布を有する炭酸カルシウムから成る填料を、前記炭酸カルシウムが15重量%を越えない範囲で配合」するよう構成し、写真用転写紙としての機能を有効に発揮させるために「表面電気抵抗(JIS K-6911による)が109~1010Ω(湿度(R.H.)65%、温度20℃)」とする構成を採用したものである。

これに対し、周知例7、8、9には、クリーニングブレードと感光体との間に入った何らかの異物により感光体が劣化すること、転写紙に付随して紙粉等が感光体表面に付着すること、電子写真用転写紙から発生する紙粉は殆どが添加された填料であることが、それぞれの相互関係なく独立して記載されているにすぎず、上記周知例の記載に基づいて、ブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置での感光体摩耗原因を転写紙の填料と容易に想到し、さらには炭酸カルシウムが填料の中でも特に感光体を摩耗させやすいことを類推し、ついには粒度分布と添加量の規定まで想到することは、当業者にとって容易ではない。

第4  被告の主張の要点

審決の認定判断は正当であって、取り消すべき違法はない。

1  取消事由1について

(1)  ブレードクリーニング方式の電子写真方式の画像形成装置は、本願出願前、周知の装置であったのであるから、適用不可能とする特段の事情のない限り、炭酸カルシウムを填料とする紙をブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置に使用する程度のことは、当業者であれば随時なしうることである。

(2)  電子写真用転写紙において、その表面電気抵抗を109~1010Ω程度にすることも周知であり、填料として炭酸カルシウムを用いたことと、転写紙の表面電気抵抗を設定することとの間には、特別の関係があるものとは解されないから、審決の「引用例1の炭酸カルシウムを填料として配合した紙の表面電気抵抗を本願発明のように規定することも、当業者が随時なし得るものと認められる。」との判断に誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  周知例7(甲第14号証)の従来技術の項に記載されているように、クリーナブレードを用いた電子写真装置においては、感光ドラム上の異物の存在が、感光ドラムの劣化を早めることが認識されており、ましてやこの異物が硬いものであれば、クリーニングブレードによる感光ドラム上のキズの拡大や摩耗が発生するであろうことは、当業者であれば当然に窺い知るところのことである。

一方、周知例8(甲第15号証)及び周知例9(甲第16号証)によれば、本願出願前、転写紙からの紙粉すなわち填料が感光ドラムの表面上に付着することは、当業者であれば十分認識していたものと認められる。

してみれば、炭酸カルシウムを填料とする電子写真用転写紙の硬い炭酸カルシウムが、感光体の表面に付着して、感光体上の異物として作用し、クリーニングブレードにより感光体を摩耗させるであろうことは、引用例1及び周知例1のいずれにも記載はないが、当業者であれば、十分認識できたものである。

また、転写紙の填料として、粒径が大きい部分を多く含む粒度分布を有する炭酸カルシウムの配合量を多くして使用する程、感光体表面に付着する炭酸カルシウムはその粒径が大きいものが多く含まれかつ量も多くなることは、当然に予測されることである。そして、感光体の表面に付着した炭酸カルシウムの粒径が大きく量が多いほど感光体の摩耗を大きくすることも予測されることであるから、転写紙の填料としての炭酸カルシウムの粒度分布及び配合量を少なくするために、本願出願前の炭酸カルシウムを填料とした記録紙についての技術事項を適用して、炭酸カルシウムの粒度分布及び配合量を本願発明のように規定することは、当業者が容易に想到できるものである。

(2)  上記のとおり、転写紙の填料として、粒径が大きい部分を多く含む粒度分布を有する炭酸カルシウムの配合量を多くして使用する程、感光体表面に付着する炭酸カルシウムはその粒径が大きいものが多く含まれかつ量も多くなり、そして、感光体の表面に付着した炭酸カルシウムの粒径が大きく量が多いほど感光体の摩耗を大きくすることも予測されることであるから、逆に粒径の大きな炭酸カルシウムの紙への配合量を少なくすれば、感光体の摩耗を抑制することができることは、当然に予測される程度の効果にすぎない。

第5  証拠

本件記録中の証拠目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点(イ)についての判断の誤り)について

(1)  周知例1(「電子写真学会誌」第20巻第3号昭和57年6月25日発行。甲第6号証)及び周知例2(昭和52年5月26日、27日に開催された第6回電子写真学会講習会のために配布された「PPCの基礎技術」と題する報告資料、甲第7号証)によれば、本願出願(昭和59年9月6日)前、電子写真複写機におけるクリーニング方式として、ブラシュ方式、ウェブ方式とともに、ブレードクリーニング方式が周知であったこと(同号証77頁7~9行)、特に、1981年市場導入の製品においては、「乾式複写機ではブレード・クリーニングが大多数を占め、湿式複写機では全機がブレード・クリーニングである」(甲第6号証34頁左欄28~30行)状態であったことが明らかである。

そして、引用例1に、審決認定のとおり、「pHが7.5~9.5で、炭酸カルシウムを最少充填量で2重量%配合する電子写真転写用紙」の発明が記載されており(審決書5頁1~3行)、この転写用紙が「直接的または間接的静電複写プロセスおよび他の型の事務用乃至即席複写プロセスに使用され」(同3頁9~11行)るものであることは、当事者間に争いがない。

そうすれば、引用例1記載の電子写真転写用紙をブレードクリーニング方式の電子写真複写機に使用できることは、当業者にとって当然に明らかであるといわなければならない。

本願明細書(甲第2~第4号証)の従来技術の説明の項(甲第2号証1欄15行~3欄5行)の記載も、炭酸カルシウムを填料として配合した転写紙がブレードクリーニング方式の電子写真複写機に使用されていることを当然の前提としていることは明らかであり、原告が、本訴において、引用例1記載の上記転写紙をブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置に使用する動機がない旨主張することは、自らが記載した本願明細書の記載に反する主張として、およそ理由がなく、もとより採用できない。

(2)  審決が挙げる周知例4(特開昭56-59242号公報、甲第9号証)には、電子写真用紙の固有電気抵抗は、一般に109~1011Ωが良く、この範囲に入るように各種の導電剤で処理されていることが記載されており(同号証2欄2~9行)、この記載でいう「固有電気抵抗」は、その第1表 (同3頁)の「表面固有抵抗」との記載からみて、本願発明でいう表面電気抵抗に相当するものと認められ、また、同じく周知例5(特開昭55-142799号公報、甲第10号証)には、電子写真用転写紙は温度20℃、相対湿度65%において、調整された状態(JIS P8111の規定)での表面電気抵抗が1.0×109~1.0×1011Ωの値を示すものが好ましい(同号証6欄13~16行)と記載されていることが認められ、これらによれば、電子写真転写用紙において、その表面電気抵抗を109~1010Ω程度に設定することは、本願出願前、周知の技術であったと認められる。

そして、上記周知例に開示されている技術事項が、特定の填料を使用したものに限定されるとも、特定のクリーニング方式の電子写真画像形成装置にしか使用できないものとする特段の事情は、本件証拠上認めることはできないから、上記の表面電気抵抗の数値は、填料として炭酸カルシウムを含みブレードクリーニング方式の電子写真画像形成装置に使用される電子写真用転写紙にも適用できることが明らかである。

したがって、本願発明において、その転写紙の表面電気抵抗を109~1010Ωと規定することは、周知技術の適用として当業者が容易に想到できることと認められ、これと同旨の審決の判断に誤りはない。

原告は、周知例2~6にはブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置の電子写真用転写紙が炭酸カルシウムを填料とする場合における課題及び構成についての記載がないことを理由に、審決の判断を論難する。

しかし、本願明細書の「また、コピー適性、走行性、カール性等の電子写真複写機適性を付与するために原料の配合、調整、製造条件のコントロールが行われる(特公昭44-3673号、特公昭46-24199号、特公昭55-47385号、特開昭55-142799号参照)。すなわち、適当なコピー画像濃度を維持し、バツクグランド(白紙部分)の汚れを防ぐために、塩化ナトリウム、塩化カリウム・・・等の導電剤を抄紙機のサイズプレスで表面塗布して転写紙の表面電気抵抗(JISK-6911に準じて測定)を109~1010Ω(湿度(R.H.)65%、温度20℃)にする。」(甲第2号証4欄5~16行、同第3号証補正の内容(2))との記載に示されるとおり、本願発明における表面電気抵抗の数値の規定は、従来から行われてきたコピ一適性、走行性、カール性等の電子写真複写機適性を付与するために原料の配合、調整、製造条件のコントロールに関する事項であって、本願発明の課題である感光体の摩耗の防止とは直接に関係しない技術事項であることは、本願明細書の記載自体から明らかであり、原告の上記主張もまた、本願明細書の記載に即さない主張として、採用の限りではない。

審決の相違点(イ)についての判断に誤りはない。

2  取消事由2(相違点(ロ)についての判断の誤り)について

(1)  審決認定のとおり、「炭酸カルシウムを填料として配合した印刷筆記用紙や複写用紙等の記録用紙において、粒子の大きさが2μm以下の%が80.2~96.8%である軽カルや粒子の大きさが2μm以下の%が47.4~75.9%である重カルを紙中に填料として15%以下で配合することが引用例3に示され、また粒子の大きさが0.1~2.5μである炭酸カルシウムを、紙中に填料として5~25%程度配合することが引用例4に示されているように良く知られている(審決書9頁1~10行)こと、「引用例3、引用例4に示される炭酸カルシウムが、沈降法で測定した場合の15μ通過率が97重量%以上である粒度分布を有する炭酸カルシウムに相当すること」(同9頁11~14行)は、当事者間に争いがない。

そして、引用例3(甲第12号証)には、「炭酸カルシウム内添中性サイズ紙は、ヨーロッパの市場で十分に定着している.その紙の範囲は、あらゆる品種の紙をカバーする幅広いものである.」(同号証34頁左欄16~19行)、「そもそも印刷用紙の中性化は昭和50年頃から動きがあったわけだが、ライスペーパーや複写紙はすでに中性で抄造していた」(同40頁右欄8~10行)と記載され、引用例4(甲第13号証)には、「炭酸カルシウムも填料として各種の紙に使われている.・・・炭カルの填料としての使用はライスペーパー(煙草の巻紙)においては古くから行なわれており、その後複写用紙など薄葉紙関係で使用が進んできた.」(同号証7頁右欄20~27行)と記載されている。

これらの事実によれば、上記各引用例に示される炭酸カルシウムの粒度分布や配合量は、複写用紙として用いられる中性抄紙において普通に使用されているものであると解されるから、引用例1記載の電子写真転写用紙をブレードクリーニング方式の電子写真画像形成装置に使用するものとして製造する際に、引用例3及び4の上記粒度分布や配合量を適用して、本願発明の相違点(ロ)に係る構成とすることに格別の困難性があるとは認められない。

原告は、引用例4には、填料が5~25%程度であることが記載されていても15重量%以下で配合しなければならないことは記載されていないと主張するが、上記のとおり、引用例3には、重カル(重質炭酸カルシウム)を紙中に填料として15%以下で配合することが示されており、引用例4に示された5~25%の配合割合は、本願発明の構成である15重量%以下の数値とは5~15%の範囲では重複一致しているものであって、本願発明の炭酸カルシウムの配合量は引用例3及び4に開示された配合量と一致するものであるから、原告の上記主張は失当である。

原告は、引用例1、3、4には、本願発明の技術課題である、感光体の摩耗という問題意識も、またその解決手段も示唆されておらず、単に電子写真用転写紙についてあるいは複写用紙について記載されているにすぎず、粒度分布および配合量を本願発明のように規定する動機が記載されていないから、上記各引用例に基づいて、適宜、本願発明の構成に対応する構成を選択することは当業者にとって容易ではないと主張する。

しかしながら、周知例7(昭和59年4月20日公開の特開昭59-69765号公報、甲第14号証)の従来技術の項には、クリーナブレードを用いた電子写真装置においては、感光ドラム上の異物の存在が、感光ドラムの劣化を早めることが記載されており(同号証1頁右下欄10~末行)、周知例8(昭和59年5月8日公開の特開昭59-79273号公報、甲第15号証)には、従来技術の説明として、電子写真複写機において、記録紙に付随して機内に持ち込まれる紙粉等の挟雑物が像形成体の表面を傷つけることが記載されており(同号証1頁右下欄5~末行)、周知例9(昭和55年10月16日公開の特開昭55-133054号公報、甲第16号証)には、電子写真用転写紙の紙粉の殆どは、填料(重質炭酸カルシウム、軽質炭酸カルシウム等)であると記載されており(同号証4欄2~10行)、これらの記載によれば、本願出願(昭和59年9月6日)前、ブレードクリーニング方式の電子写真画像形成装置において、炭酸カルシウムを填料とする電子写真用転写紙を使用する場合、主として炭酸カルシウムからなる紙粉が発生して感光体の表面に付着して、感光体上の異物として作用し、クリーニングブレードにより感光体を摩耗させるであろうことは、当業者であれば十分認識できたものであると認められる。

また、粒径が大きい部分を多く含む粒度分布の炭酸カルシウムを填料として使用し、その配合量を多くするほど、大きい粒径の炭酸カルシウムを含む紙粉の発生量が大きくなり、それに応じて、クリーニングブレードにより感光体を摩耗させるであろうことは、当業者であれば当然に予測できることであると認められる。

したがって、引用例1、3、4に基づき、填料として使用する炭酸カルシウムの好ましい粒度分布、配合量を本願発明の規定する範囲のものとすることは、当業者が容易に実施できる程度のことというほかはない。

原告の主張は、これら公知及び周知の事実を故意に無視した主張というべきであり、およそ理由がない。

(2)  上記に説示したところによれば、本願発明の感光体の摩耗を軽減するという効果は、粒径の大きな炭酸カルシウムの紙への配合量を少なくしたことから当然に予測される程度のものにすぎないことは明らかであり、これを顕著な効果という原告の主張は、到底採用できない。

審決の相違点(ロ)についての判断に誤りはない。

3  以上のとおり、原告の取消事由の主張はいずれも理由がなく、審決には他にこれを取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

昭和62年審判第21359号

審決

昭和62年審判第21359号

東京都港区赤坂3丁目3番5号

請求人 富士ゼロックス株式会社

東京都港区赤坂1丁目12番32号 アーク森ビル28階 栄光特許事務所

代理人弁理士 佐々木清隆

東京都港区赤坂1丁目12番32号 アーク森ビル28階 栄光特許事務所

代理人弁理士 深沢敏男

東京都港区赤坂1丁目12番32号 アーク森ビル28階 栄光特許事務所

代理人弁理士 萩野平

昭和59年特許願第185352号「電子写真用転写紙」拒絶査定に対する審判事件(平成 4年 8月12日出願公告、特公平 4- 49708)について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

(手続の経緯・本願発明の要旨)

本願は、昭和59年9月6日の出願であって、その発明の要旨は、出願公告後の平成5年7月27日付け手続補正書により補正された明細書の記載からみて、次のとおりのものであると認める。「感光体に付着したトナーを前記感光体と接するブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置に用いられる転写紙であって、沈降法で測定した場合の15μ通過率が97重量%以上である粒度分布を有する炭酸カルシウムから成る填料を、前記炭酸カルシウムが15重量%を越えない範囲で配合し、かつ表面電気抵抗(JISC-2111による)が109~1010Ω(湿度(R.H.)65%、温度20℃)であることを特徴とする電子写真用転写紙。」

なお、本願明細書の特許請求の範囲には、「表面電気抵抗(JISK-6911による)」と記載されているが、この記載は、発明の詳細な説明の項においてば、「表面電気抵抗(JISC-21111による)」と記載されており、誤記と認められるので、本願発明の要旨を上記のように認定した。

(引用例)

これに対し、当審における特許異議申立入(コニカ株式会社)が提出した「米国材料試験協会(ASTM)のD3458-75」(1975年12月発行。以下、「引用例1」という。)には、「第1部は、直接的または間接的静電複写プロセスおよび他の型の事務用乃至即席複写プロセスに使用され、永久保存のたあのコートあるいは非コート紙を対象とするものであり(第646頁左欄下から第24~第21行参照)、pH7.5~9.5のタイプ1の紙で、普通紙コピアで使用されるものは、炭酸カルシウムもしくは炭酸マグネシウムまたは両者からなるアルカリ充填剤を含有し、その最少充填量は炭酸カルシウムに換算して、仕上がった紙のオーブン乾燥重量を基にして2%であり(第648頁左欄第24行~第35行参照)、また、多くの事務用複写工程は、普通紙またはコート紙に画像を転写するものであること(第650頁右欄下から第4行~第1行参照)」が記載されている。

同じく「加工紙および紙加工用薬品」(1977年10月31日海外技術資料研究所発行。以下、「引用例2」という。)には、「普通紙は、何も表面加工されていない紙で、カールソンのゼログラフィ(Xerography)間接法に使用される紙を表わし(第77頁第10行~第13行参照)、カールソン間接法すなわちゼログラフィは、半導体ドラム(またはその代りに電子写真紙を用いる)上に画像を形成させてからこれを紙に転写するものであること(第79頁第7行~第9行参照)」が記載されている。

引用例2の記載によれば、引用例1の間接的静電複写プロセスは、普通紙に半導体ドラム上の画像を転写する電子写真プロセスに相当するものであり、引用例1の間接的静電複写プロセスにおいて使用される紙は電子写真転写用紙として用いられるものであると認められるから、引用例1には、「pHが7.5~9.5で、炭酸カルシウムを最少充填量で2重量%配合する電子写真転写用紙」の発明が記載されているものと認められる。

同じく「紙パルプ技術タイム」(昭和57年9月発行。以下、「引用例3」という。)には、「印刷筆記用紙などのいわゆる上質紙および加工用原紙を対象とした中性抄紙について(第1頁左欄第6行~第7行参照)、填料としての重炭酸カルシウムとして、軽カルの粒子の大きさは、2μm以下の%が80.2~96.8%であること(第3頁第8表参照)、重カルの粒子の大きさは、2μm以下の%が47.4~75.9%であること(第3頁第8表参照)、2μm以下の%が59.9%である重カル(#800)の粒子の大きさは、0.1~3.0μmの範囲にあること(第29頁中欄最下行~右欄第1行参照)、また紙中に填料として軽カル又は重カルを15%以下で配合すること(第3頁第1図参照)」が記載されている。

同じく「紙パルプ技術タイム」(第24巻第5号昭和56年5月1日発行。以下、「引用例4」という。)には、「一般に上中質(非コート紙)では、重量比で5~25%程度の填料が抄き込まれること(第1頁左欄第9行~第14行参照)、炭酸カルシウムには、軽質炭酸カルシウムと重質炭酸カルシウムとがあり、これらは填料として各種の紙に使用されており、複写用紙など薄葉紙関係で使用が進んできていること(第7頁右欄第20行~第27行参照)、填料としての炭酸カルシウムの粒子の大きさは0.1~2.5μであること(第8頁第5表参照)」が記載されている。

(対比・判断)

本願発明と引用例1の発明とを対比すると、両者は、「炭酸カルシウムからなる填料を配合した電子写真転写用紙」である点で一致し、次の(イ)、(ロ)の点で相違する。

相違点(イ);本願発明では、転写紙を感光体に付着したトナーを前記感光体と接するブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置に用いられる転写紙と規定し、その表面電気抵抗を109~1010Ωと規定しているのに対し、引用例1のものにはそのような規定がない点。

相違点(ロ);本願発明では、炭酸カルシウムの粒度分布を沈降法で測定した場合の15μ通過率が97重量%以上と規定し、さらに炭酸カルシウムの配合量を15重量%を越えない範囲と規定しているのに対し、引用例1のものにはそのような規定がない点。

そこで、これら相違点について検討する。

本願発明は、感光体に付着した紙粉中に存在する填料の炭酸カルシウムが、クリーニングプレードによって感光体表面に圧接かつ摩擦されることにより、感光体の摩耗が発生するのを防止するために、粒径の大きな炭酸カルシウムの紙への配合量を少なくした点にその特徴を有する(本願公報第3欄第11行~第20行参照)ものと認められる。

相違点(イ)について;感光体に付着したトナーを前記感光体と接するブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装直は、本出願前周知のものであり(必要であれば「電子写真学会誌」第20巻第3号 昭和57年6月25日発行参照)、また引用例1の紙は電子写真方式の画像形成装置に使用されものであるから、引用例1の炭酸カルシウムを填料とする紙を該周知のブレードでクリーニングする電子写真方式の画像形成装置に使用する程度のことは随時なし得る。また、電子写真転写用紙において、その表面電気抵抗を109~1010Ω・cm程度に設定することも周知(例えば、昭和52年5月26~27日に開催された第6回電子写真学会講習会のために配付された「PPCの基礎技術」と題する報告資料の第73頁、「電子写真とその応用」株式会社トリケップ昭和54年9月5日発行の第50頁、特開昭56-59242号公報、特開昭55-142799号公報、特開昭57-204058号公報等参照)であるから、引用例1の炭酸カルシウムを填料として配合した紙の表面電気抵抗を本願発明のように規定することも、当業者が随時なし得るものと認められる。

相違点(ロ)について;炭酸カルシウムを填料として配合した印刷筆記用紙や複写用紙等の記録用紙において、粒子の大きさが2μm以下の%が80.2~96.8%である軽カルや粒子の大きさが2μm以下の%が47.4~75.9%である重カルを紙中に填料として15%以下で配合することが引用例3に示され、また粒子の大きさが0.1~2.5μである炭酸カルシウムを、紙中に填料として5~25%程度配合することが引用例4に示されているように良く知られている。

そして、これら引用例3、引用例4に示される炭酸カルシウムが、沈降法で測定した場合の15μ通過率が97重量%以上である粒度分布を有する炭酸カルシウムに相当することは、2μm以下の%が59.9%である重カル(#800)の粒子の大きさが、0.1~3.0μmの範囲にあることからみて明らかである。

してみれば 引用例1の紙は炭酸カルシウムを最少充填量で2重量%とすること、すなわち15重量%以下で配合することができるものであり、引用例3、引用例4によれば記録用紙に於ける炭酸カルシウムの配合量を15重量%以下とすることができるとされているのであるから、引用例1の炭酸カルシウムを填料として配合した記録用紙である転写紙において、その炭酸カルシウムの粒度分布および配合量を本願発明のように規定することは、当業者が容易に想到し得るものと認められる。

そして、本願発明の、感光体の磨耗を低減するという効果は、クリーニングブレードと感光体との間に入った異物により感光体が劣化することが知られている(例えば、特開昭59-69765号公報参照。なお、転写紙に付随して紙粉等が感光体表面に付着することは例えば特開昭59-79273号公報に、また電子写真用転写紙から発生する紙粉は、殆どが添加された填料であることは例えば特開昭55-133054号公報に記載されているように知られている。)ことを考慮すれば、粒径の大きな炭酸カルシウムの紙への配合量を少なくしたことから当然に予測される程度のことと認められ、他に顕著な効果があるものとも認められない。

(むすび)

以上のとおり、上記各相違点は、当業者が適宜設定し得る程度のことと認められ、本願発明は、引用例1~4の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年8月1日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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